からかお


いつか目を輝かせ、身を乗り出して話を聞いている一衛だった。
直正と話をしていると、何故か心の憂さが消えてゆく気がする。直正も、明るく言葉を返す一衛の様子を見てほっとしていた。

「はは……いい返事だ。安心したよ。日新館に入ったからと言って、一衛の中身は何も変わっていなかったのだな。」
「いいえ、直さま。一衛はもう子供ではありませぬ。一衛はこれから鉄砲を習って、直さまをお守りします。」
「頼もしいな。では、わたしも一衛に負けないように励むとするか。」
「競争です、直さま。」

ふと直正は真顔になった。

「だがその前に、その腫れた肩の傷を早く治さなければいけないよ。本当は手も上がらないほど、痛むのだろう?寝返りも打てないで、夜もよく眠れていないはずだよ、違うか?」
「……ぁぃ。」



会津藩は、こうしてついに京都守護職を拝命する。
部屋に入りきれなかった家臣たちは、容保の決心を聞き廊下で咽び泣いた。
義に死すとも、不義に生きず……と、王城を守る京都守護職を引き受けた時、容保は身を切られる思いで決めた。
家老達も、それではまるで薪を背負ったまま火中の栗を拾うようなものと、歯ぎしりしたが、養子として入った容保には、誰よりも会津松平の藩主らしくあらねばならないという理由が有った。

「殿っ!殿は会津をどうするおつもりか!」

国から出てきた西郷頼母は、必死に容保に食い下がったが、国許で蟄居謹慎するようその場で沙汰を受けた。

「もう決めた事じゃ。頼母、これ以上言うな。」
「殿!なれど!」
「諌言は受けぬ。そちは即刻国許に帰り、余がもう良いというまで謹慎しておれ。」
「殿っ!もう一度お考えくだされ!」

頼母は食い下がっていた。
彼にも家老としての強い矜持がある。

「くどいっ。どれほど言おうと、決心は揺るがぬ。」
「叔母上、お見送りありがとう存じます。一衛はわたしにしっかりと勉強すると誓ってくれたところです。な、一衛。」
「あい。しっかり励みます。御留守の間、国許の事はお任せください。」
「それでこそ、わたしの弟分だ。」
「直さま。あの……これをお持ちください。諏訪神社のお守りです……武運長久をお祈りしたのです。」
「そうか、皆の分もあるのだな。京でお会いしたら、一衛だと言って叔父上に渡しておこう。では、行って参ります。」

小雪のちらつく中、彼らは容保と共に華々しく出立した。
藩士たちは、ひとまず江戸屋敷に逗留する。
京都での本陣が決まったら、移動する手はずになっていた。
この後、江戸詰めの多くの藩士が、駐留地が決まった朝、一斉に京へと旅立った。

勇壮な旅立ちを見て、誰がこれから先の会津の塗炭の苦しみを予感しただろう。
皆それぞれの思いを胸に、隊列を見送った。
一衛も胸に印籠を抱き、直正の背に誓った。

「直さま。どうぞお達者で、存分にお励み下さい。いつ傍に参れるように、一衛も精いっぱい励みまする。」
「琉生は、まだお子様だもんな。心配するな、今まで待ったんだ。無理強いしたりしないよ。」
「ぼく……隼人兄ちゃんの知らないところで、尊兄ちゃんとキスしたよ。」

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